空が白みはじめた早朝5:00。今日も天気は良さそうだ。
スマホに仕掛けたアラームがなり、二人はごそごそと動き出す。

た「もーにん。」
せ「もーにん。」

せ「ちょっと朝のおつとめしてくるわ」
た「(あさのおつとめ?)はい」

刹那、木魚の軽快なリズム。

あーカメラ横にして撮らないとちいさくなるのね。勉強になります。

フェス二日目は朝のおつとめから始まった。

レインボー阿蘇参加者の強さ

このレインボー🌈阿蘇への参加者は、かなり「強い」人が多いように感じる。

焚き火の周りでカウボーイキャンプをキメる強者たち。

焚き火の前でカウボーイキャンプは当たり前で、しかもけっこう冷えるのに布一枚とか、そんな感じだ。

ぼくらは午前中を登山することに決めていたので阿蘇山へ向かった。九州の山々はそのスケール感がはんぱではない。それでいて、それぞれが隣接し全体としてはコンパクトにまとまっている。旅しやすい。阿蘇山の登山口につくと、サイレンがなった。要旨としてはこうだ。「硫黄ガスの濃度が濃いのでこれ以上の車の進入はできません。が登山はOKです。」というものでその論理はよくわからなかったが、とりあえず登山を開始した。

火山ガス注意看板。

まずは中岳へ。登りはじめは火口が近く標高が比較的低いため、ガスの比重の関係で喉がいたいほど火山ガスの影響を受けた。

噴石のための建造物。

まるで違う惑星のよう。

急登をあがりきると山の清冽な空気が肺を満たしてくれた。最高の展望。はんぱないスケール感。

展望⭕。

思わず走っちゃう。

このスケール感。


空気の美味しいところではせきしょうのハーモニカが冴え渡る。さくっと中岳を通過し、高岳へ。その道中で、マウンテンポイが炸裂する。この映像をごらんいただきたい。

一気に阿蘇山を下山し、そばにある「地獄温泉すずめの湯」へ向かった。が、その道中の林道が地震の影響で崩壊し、遠回りせざるを得なかった。地震の爪痕はまだ色濃く残っている。ぐるりと迂回して泥をハネアゲながらとんでもない未舗装路を通り抜け、やっとの思いで到着。するも、なんと営業していなかった。調べではやっているはずだったのだが、休業。リサーチ不足を反省。それならそうと一本道なのだから山道にはいる前に「すずめの湯、休業中。この先行っても仕方ありません」的な看板をたてておいてほしいと思った。ただ、温泉の湧出は止まらない。正真正銘、天然の源泉掛け流しであることの証だ。幸い露天風呂のあたりに地元の自称”背中に落書きがある”おじさんに「休業中やけどそっち(ほどよい温度の方)は入れるんだよ。こっち(たぶん50度くらいある)は無理やけどな。がはは。」と教えてもらい、ありがたく地球の恵みを享受させていただいた。おじさんにおすすめの温泉を聞くと「別府温泉保養ランドがいいんじゃないか?」と教えてもらった。そしてここでワニなる人種の存在、その定義を教えてもらった。「すずめの湯」自体はとても効能の高そうな泉質で、長居したい気持ちもあったが、山、温泉、祭、とやりたいことは盛りだくさん。さくっと出て、出発。また営業開始の折には必ず再訪したいと思わせてくれる名湯であった。

その後、会社の店舗が南阿蘇店にあるので簡単に挨拶。別府からフェリーに乗って帰ると言うと、「別府温泉保養ランド」なる温泉が健康によいという情報を仕入れることができた。ここでも「すずめの湯」で教えてもらった情報と同じおすすめ。このRPG感がたまらない、旅の醍醐味、現地での情報収集。南阿蘇の道の駅は豊かな雰囲気に包まれており、大阪との違いをまざまざと見せつけられた。人の顔つき、全体的な機嫌が優しい。殺気だっておらず、とても幸せそうに見えた。これだけすばらしい環境にかこまれて空気も水もうまく、人一人あたりの土地面積が十分であればもうなにも言うまい、である。都会暮らしや都会で仕事を続けることは無理だ(幸せになれない、自分が考えている幸せの形にはならない)と改めて感じた道の駅に湧いている水を汲んで、この日のウォームアップは終了。いざ、マゼノ共和国へ。レインボー阿蘇へ戻ろう。

と、ここで一旦せきしょうと別れてぼくは日田の実家へ帰った。墓参りや、海外渡航前に両親と会って一通りの計画を話したり、ばあばに会ってお話をしたり、荷物を預けたり(ザック容量240L分!)した。それにしても久々に帰省した息子がNISSAN FUGA(レンタカー)でやってきたものだからまたこれも面白い展開であった。

晩飯は想夫恋の焼きそば。焦げ付かせたとこがうまい。
その後、いとこの家にいくと親戚が7人いて、両親と会わせて9人にいろいろと聞かれた。
なぜニュージーランドなのか?なぜ今なのか?なぜ退職なのか?・・・
何となくこんな展開になることが予想されていたので、日々考えをまとめ進めておいてよかった。まだまだ親戚のみんなは不安そうだが(不安がゼロになることははない、そこがいい、それを求めているのだから)ぼくはいく。

みんなで話した楽しい時間も終わり、FUGA(レンタカー) に乗って実家に帰って就寝。
実家においておく荷物の整理に時間がかかった。モノを増やしすぎたのは本当に反省である。

THE MORE YOU KNOW, THE LESS YOU NEED.
今後はもっとシンプルに生きていけるよう考えを研ぎ澄ませていきたい。
そんなことを父に伝えると、父は言った。
Better late than never.
遅くてもやらないよりはまし。

うーん、先日のくまのプーさんといい、心に響く言葉が世の中には溢れている。日々勉強、ありがたい。

FUGAを使わせていただいたせきさんにも大感謝である。

DAY2は自分はフェスに参加する時間がなかったが、この日もみたからはガンガンやっていたらしく、りゅうたろうさんが鹿の革でつくったシャーマン太鼓を使ってさらに盛り上がったと聞く。この日もせきしょうは全力で動き続けたらしい。伝説的ボクサー、チャベスは短期間で連続的にファイトを重ねることでコンディションを最高に維持し続けた。せきしょうも同様にフルパワーで楽しみ続けることでコンディションを保っているのだろう。これも「ひらく」のひとつだと思う。

実家で床につきながら、この九州合宿は生涯忘れることのない深い心の旅になる。そんな確信めいたことを予感しはじめていた。

🐊


たかくら3

たかくら三兄弟の三男坊。

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