|退職の了解を得た日

2018年10月9日(火)。秋の空気を感じる気持ちのよい晴れの日。三連休明けの朝イチで部長に呼び出していただいた。連休にはいる前に週明け、面談のお願いをしていた。課長から部長に、自分の退職の旨は伝わっていたらしく、予め内容を把握した上での呼び出しであったように思う。

結論から述べると、この日に退職の了解を得ることができた。「年末に退職、南半球にとんで季節の逆転した環境でロングトレイルに出る」は決めていた。最初に課長にこの話を持ちかけたのは6月のことだった。職場に迷惑をかけてはならないからなるべく早めに意向を伝えて、人員補充などしてもらいたく退職予定の半年前に伝えた。これはいまになって思うと、裏目に出た。なかなかOKをもらえず、自分の精神的不安定さにつながったのと、結局その「ぐらぐらした自分の状況」が周囲にも多分に迷惑をかけてしまった。鬱になっていた。とはいえ、時間が経つのははやいもので面談を繰り返し、ようやく今日、了解を得ることができた。その備忘録。

「お時間いただきありがとうございます。退職させていただきたく思います。」
「なぜ?」
「したいこと
①英語力の向上
②人生の大きな経験のひとつとしてNZのロングトレイルをスルーハイクしたい。
これらを手段として
①いままでの人生について内省
②30歳以降の人生について考え直すこと
③見聞を広めること
この時間のなかで人生の新たな方向に自分の力で向かっていきたい。そんなことを答えました。」
「年齢はいまいくつになる?」
「いま28です。来年29になります。」
「なぜこのタイミング?」
「今回ワーキングホリデービザでいく。この年齢制限もある。気力・体力・経済バランスがとれる”今”。ここだと思いました。NZでは語学学校に通うわけでも定職に就くわけでもない。お金が無尽蔵にあるわけではないので、10年以上没頭して時間とお金を投資してきたアウトドアの経験を活かすことで出費を抑えて長く濃い海外滞在を実現できると考えている。そのなかで出会う人々とのコミュニケーションのなかで自分を鍛えたい。経済的安定を手放すことは勇気が要るし、不安ももちろんある。課長は不安があるならやめておけ、無謀といいました。ただ、この二種類のルートがあるなかで自分はしんどい方をとりたいと思った。自分の人生のなかで最大といえる自信がつくような経験。30歳になる前に時間をかけてそんな時間を過ごしたいと考えました。」

「退職しなければできないのか。長期休暇をとってみては?」
「職場への長期休暇の申請について検討してみたこともあったが、しないことにしました。
理由
①ロングトレイルのスルーハイクに大きな時間が必要であること(スルーハイクすることに意味があると考えていること)
②完歩後もしばらくNZに住むつもりであること
③そのなかで次の生き方について模索したいこと
④少しネガの考えだが”勤めあげられる気がしなくなったこと”(=モチベーションの維持不可能性)

実は一年前のこの時期に同様の考えを両親にもちかけたことがある。
そのときは理解を得られずあれよあれよと時が過ぎ、出発のタイミングを逸した。
でも、この順延期間は考えを深めるのに、考えが揺るがないか確かめるのによい時間になった。2018年の年始から考えに考え、いろんな本を読んで、いろんな人の話を聞き、先輩方に相談した。もっとも重要な時間は大峯奥駈道のソロ縦走だった。この会社が好きだからこそ、やめることの後悔は絶対でる。とはいえ頭のなかで進んでいるニュージーランドでの大きな経験をすることを逃して安全な環境で働き続けたとき、死ぬ直前の後悔はどっちが大きくなるだろうか。終末介護の本、存在と時間、どの本を読んでも時間の不可逆性を説いて、自分のために時間を使うことが重要であるという結論だった。本にかいてあるから、ということではない。心から理解ができる内容だ。このまま働き続けることでなりたい自分になれるだろうか。そんなことを考えると、この年齢での大きな方向転換、チャレンジは有意義なものであると考えて退職を決断した。いずれは家庭をもつのかもしれない。今しかない。

長期休暇をいただいて、会社に帰ってきたとき、自分は会社にその価値の還元をすることが求められるはずだが、おそらく自分は、直感的に辞めたくなると思う。そんな待遇をもらっておいて「辞める」というのは親不孝で、道に反すると考えるのでキッパリ退職して方向転換しようと考えた。

勤めあげられないのであれば退職、という考え方はバランス感覚を欠いた極論とも言えるが、人生において時間がもっとも重要であると考えた。

「その後どうする?」
「まずは心身ともに健康に生きたい。空気と水の美味しい自然環境豊かな土地に暮らし、そこで仕事をしたい。将来的には世界自然遺産のネイチャーガイドとして日本とニュージーランドをベースに世界中で仕事をしたいと考えている」

「・・・」
「・・・」

「自身も25~35の年に音楽一本でやってきた時間がある。その頃の経験は何にも代えがたいもので、現在の自分を支えるバックボーンにもなっている。一企業人としては”なにゆうてんねん”という感じだが”一人の人間”としては、自分のそういった経験もあるから、留めることはできない。」

「はい」

「○○に勤めて役職も上がって、何が変わってきたか。年のせいもあるが、今この面談のように”人”のことを特に考えるようになった。もう自分のことは二の次。」
「たかくら、そのチャレンジが終わったあともたかくらの人生は続いていく。その経験のなかでその先の人生、”自分がどう社会に貢献できるか”を考えながら日々を過ごしてほしい。そのロングトレイルをスルーハイクするなかでいろんなことを思い、感じるだろう。社会のこと、人の温かさ、怖さ、友、親のありがたさ。また帰国したら遊びに来なさい。どんなことを感じ、どんな風に成長したのか見たいし、聞かせてほしい。」
「残りの期間の仕事とこれからについてだが、打撃は小さくない。しっかり引き継ぎして、スケジュールが確定したら教えてくれ。もう心は決まっているのだろうから、留めない。了解した。総務にも連絡して適切に手続きを進めなさい。」

多忙を極めるなか、わざわざ週の頭の朝イチに大きく時間をとっていただいたこと、予想だにしない体温のあるお言葉、後押し、これらの対応すべてが思っても見なかったことで、いろんなことが押し寄せて泣きそうになりながらギリギリ泣かずに面談を終了した。

6月に最初に退職の意向を伝えてから約4ヶ月間にわたる退職活動第一部が終わった。いよいよ了解を得られたので、行くしかない。心臓が不安と高揚で高鳴る。本当にこの会社が好きだ。それでも自分の成長を求めて、時代と合わせて国外に出たいと思う。職場への感謝、恩返しについても方法を思案しながら実践していきたい。

経済的安定を手放し、精神的充足を追求する超貧乏な2年間の豊かな旅が始まろうとしている。心身のあらゆる贅肉を削ぎ落とすこと。“われに七難八苦を与えよーーー”

退職まで○日。

無謀だからやめとけという説得は生涯癒えることのない欲求不満をかかえてしまうことを予感させた。無理な引き留めは時に火に油を注ぐようなもので、絶対に行くという決意を手伝った。

カテゴリー: TRIPs in NEW ZEALAND

たかくら3

たかくら三兄弟の三男坊。